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りとる阿寒湖イズむ

本家「阿寒湖イズむ」からの厳選ブログ記事を紹介!そのほか阿寒湖さんの舎弟パンケヌマのライフログなどをお届けしまぁす

決別の三公約――阿寒湖さんとの出会いを経て――

猛烈な寒気に襲われ、自分の意思とは関係なく倒れた私を――当時高校生だった私を――足蹴にしながら、教師は「舐めてんじゃねぇぞ」と声を張り上げていた。

「もっと頑張ります、やります、やらせてください」と私は何度も何度も謝ったものの、そのあと学校に行けなくなり、部屋からも出られなくなった。

――お前はこんなことすらできないのか。できないのなら、ここにいる資格はないから消えてくれ。

言葉こそ厳しいが、まともな人間がそこまで言えることなのだから、普通に考えればできないことであるはずがない。私が直面している問題というものはそれくらい小さい。私がこれから書くことは、そんな小さな問題すら克服できないでいる弱い人間のささやかな決意とでも言うべきものだ。

 

阿寒湖さんと出会って。

阿寒湖さんは誰に対しても厳格で公平かつ隙がなく、透徹した視点を持っている。阿寒湖さんと親しくなるに連れ、隠していた私の弱さは次第に浮き彫りになっていった。阿寒湖さんは私がロクデナシだと分かった現在でも友人でいてくれる稀有な存在だ。

親しい間柄であるからこそ真っ向からぶつかってくる阿寒湖さんとの間には緊張が絶えない。阿寒湖さんは友人の過ちを許しつつも忘れはせず、悪い部分があればきとんと評価を下げる厳格さがある。

”あの教師”と同じく、阿寒湖さんは自分の力で道を切り開いて一定の成果をあげてきた苦労人だ。道の前で身悶えしている私に「それじゃダメだ!」と声を荒げる。そんな情けない私側の正しい対応はただ一つ、手を差し伸べてくれている相手に敬意を払うことである。即ち、立ち上がって現状を打開することである。

しかし、私の”立ち上がることすらできない”という醜態が、甘えを飛び越えて”もはや相手を舐めている”状態であるということに、私は今頃になってやっと気付いたのである。

 

「舐めてんじゃねえぞ」の真意。

例えば、誰かに死にそうな姿を見せていいのは、本当に死にそうな時だけである。人前で醜態を晒すということは、糞にまみれた尻を拭くこともせず、公衆の面前で垂れ流しにして、悦に浸るということである。

だから、阿寒湖さんは公衆の面前で、平気で醜態を晒せる人間をして”廃人”と呼ぶのだ。何故なら、”汚いから拭く”という行為の意味自体を理解できなくても、腕を上下に動かすことはできるからだ。社会的動物であるとはそういう他者の目を意識する努力をすることだ。

かつて芸大を目指していた私は、今はただ普通の生活(社会人としての義務を果たし、他人に迷惑を掛けないこと)を目指している。目標のハードルは極端に下がったが、今も私は体感的には同じ度合いで苦しんでいる。

長期間にわたって社会との関わりを絶っている間に、私はそれほど脆く、軟弱になっていた。阿寒湖さんはそんな私に再び自分自身に意識を向けさせる機会を与えてくれたのだ。

 

普通に生きる。

現在、私は在宅で仕事を請け負っている。時間が掛かり過ぎるという理由で規模が大きくならないが、これを仕事としてきちんと成立させねばならない。

そのためには時間に厳しくなる必要がある。ライフログを管理して作業の効率化を図り、成果を上げる。だらだらと作業を続けるのではなく、開始時間と終了時間を明確にしてタスクを管理する。

更にもう一つ、生きがいを見つけること。私らしさという強度を保つために、仕事外で自分を満たすものを見つける必要がある。

 

決別の三公約――「舐めてんじゃねえぞ」と言わせないために。

普通に生きるため、生活習慣の整理として、具体的に以下三つのことを実践していく。

①1週間分の在宅ワークの収入報告をブログに記録。
②起床時間・就寝時間・運動時間をアプリを使って管理し、インスタグラムに記録。

③月間収入をブログに記録。

 

――今や時計の針は随分進んでしまったが、何かを始めるのに遅すぎるということはないのだ。私は、今からでも世界の前線で戦えるだけの力を養いたい、本気で何かに挑みたい。どんな相手にでも求められれば意見できる、そんなしなやかで強い軸を持って私は生きたい。

 

追記:2017.4.14

阿寒湖イズむのほうで、この文章を書くに至ったいきさつを書いたブログ記事が公開されています。

文章講座的な何か。 | 阿寒湖イズむ

りとる阿寒湖イズむができるまでの、いきさつのお話です。阿寒湖さんとわたくしのハートフルなやりとりをお楽しみください。